東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)130号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由(請求の原因四1、2)について検討する。
1 本願発明の要旨、第一、第二引用例の記載内容、本願発明と第一引用例との一致点、相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。もつとも、審決は第一引用例のものの糸滑片と糸支持片との位置関係が定かでないというが、成立に争いのない甲第四号証によれば、右糸滑片(ステツチフインガー184)は、押え金151に取着されていて、上下方向では針板に形成されている糸支持片(ステツチフインガー12)の上方にあるが、布送り方向と交叉する方向すなわちかがり幅方向では、糸支持片に対して近接離隔できるように装着されていることが認められる(別紙第二図面参照)。
右事実と、成立に争いのない甲第二、第三号証により認められる本願明細書の発明の詳細な説明中の「この発明は、オーバロツクミシンの針板に関し、特に糸支持片と糸滑片とを側面対向せしめ、これらを近接離隔させることにより糸支持片と糸滑片とが形成する縢り巾を広挟調節できる針板構造を提供する。」(甲第二号証一欄発明の詳細な説明の項の冒頭から五行目まで)との記載によれば、かがり幅を調節変更するため、本願発明においては糸滑片を糸支持片の側面に対し近接離隔できるように針板に装着するものである(別紙第一図面参照)のに対し、第一引用例のものにおいては、糸滑片を糸支持片の上方においてではあるがかがり幅の方向では糸支持片に対し近接離隔できるように押え金に装着するものであつて、この糸滑片の装着位置の他は、両者相異なるところがないことが認められる。
2 そして、第二引用例に、審決の認定したとおり、針板の側部にステツチフインガーを布送り方向に位置調節自在として取着した縁かがり縫ミシンが記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例のものの第一ステツチフインガー16は、第二ステツチフインガー22と同一平面上においてその側面に置かれ、かがり幅の方向にではないが、第二ステツチフインガー22に対して相対的に移動させその位置を調節変更するものであり、右第一ステツチフインガー16は本願発明の糸滑片に、右第二ステツチフインガー22は本願発明の糸支持片にそれぞれ相当するものであることが認められる(別紙第三図面参照)。この事実によれば、針板に糸滑片を糸支持片の側面に装着し、糸滑片を糸支持片に対して相対的に移動可能とした技術手段が第二引用例に開示されていることが明らかである。
また、前掲甲第二号証によつて認められる本願明細書の「従来の糸滑片は、その幅を調節変更できる構造を有しておらず、縢り幅を変更するときは、その目的の幅を有する糸滑片あるいは針板全体を交換するか糸滑片自体をずらさなければならなかつた。」(甲第二号証二欄六ないし一〇行)との記載及び成立に争いのない乙第三、第四号証によれば、原告も認めるとおり、かがり幅を調節変更する手段として、糸滑片あるいは針板全体を交換する方式が本願の実用新案登録出願前周知であり、これらの方式はいずれも本願発明の糸支持片と糸滑片を一体形成した糸滑片(以下「一体形成の糸滑片」という。)を針板に設け、両者が同一平面上にあること、この一体形成の糸滑片の幅を変更して所望のかがり幅を得ようとするものであることが認められる。
3 右1、2の事実によれば、右周知の技術手段のうち一体形成の糸滑片の幅を変更してかがり幅を調節する手段に代えて、第二引用例の開示するところの針板に糸滑片を糸支持片の側面に別体として装着して糸滑片を糸支持片に対して同一平面上において移動可能とする技術手段と第一引用例の開示する糸滑片を糸支持片に対しかがり幅方向に近接離隔させてかがり幅を所望の幅に調節変更する技術手段を採用して本願発明の構成とすることは、当業者にとつて容易に想到できる程度のことと認められる。これに反する原告の主張が理由のないことは右に述べたところから明らかである。
4 このように構成された本願発明においては、糸滑片は、前示周知の方式のものと同じく針板に装着され、糸支持片及び針板と同一平面上に置かれるものであることは、前掲甲第二、第三号証により認められる本願明細書及び図面(別紙第一図面)から明らかであるから、本願発明は、右周知の方式のものの有する利点すなわち原告の主張するとおり、布が丸めこまれることがない、布が上下動することがない、布を平らに支持できるという作用効果を有することが認められる。一方、前叙のとおり本願発明は、第一引用例のものと同じく、糸滑片を糸支持片に対しかがり幅方向に移動させてかがり幅を所望の幅に調節変更するものであるから、右周知の方式のものの有する欠点すなわち糸滑片等の交換の面倒さ、微妙な幅に設定した糸滑片等を多数保管することの非合理性とインデツクスの面倒さとの欠点を解消することができ、「かくして、任意の縢り幅を簡単な操作で容易に得られ、且つ多数の糸滑片等を幾枚も用意する必要がなくなる。よつてその保守・操作が便利であり、製造面でも経済的な針板を提供することができる。」(甲第二号証四欄一八ないし二二行)との作用効果を奏するものであることが認められる。
そして、これらの作用効果が右周知の方式のものと第一引用例のものの有する効果の総和を越えるものではなく、したがつて、右周知の技術手段と第一、第二引用例の開示する技術手段とから当然に予測できる作用効果にすぎないことは、右に述べたところから自明であり、これを原告主張のように当業者の予測の範囲を越える顕著な作用効果と認めることはできない。
5 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
針落側部から布送り方向に固定延設した糸支持片と、布送り方向と交叉する方向に延びた調節ガイドとを有し、該調節ガイドに嵌合せる案内片を有し且つ前記糸支持片と同方向に指向せる糸滑片を、その案内片により布送り方向と交叉する方向に移動可能にして前記糸支持片の側面に対し近接離隔できるように構成するとともに、該糸滑片を、ネジによりその移動範囲中の適宜位置に固定できるようにしたことを特徴とするオーバロツクミシンの針板。(別紙第一図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙第一図面 本願明細書図面
<省略>